長福寺について 浄土真宗 長福寺本堂 境内散策 長福寺の四季 お知らせ
 水路をはさんで、本堂の北側に建つ経蔵は、宝形造・本瓦葺で、享保20年(1735)に唐津屋の寄進により再建されました。外部は軒先まで漆喰で塗り固めた大壁で、屋根頂部には瓦製の露盤・宝珠を載せています。内部は正面奥に須弥壇を置き、両側面に経棚が作られており、その棚には貞享2年(1685)に納入された一切経(黄檗版大蔵経)を納めています。また、経蔵前の燈籠は、本堂前と同じく、元禄13年(1700)に中村氏により寄進されたものです。十三尺四方の小さな経蔵ですが、九州各県の近世社寺調査報告書によれば、九州の浄土真宗寺院では最古の経蔵とされています。平成18年(2006)に、保存修理工事が完了し、往時の姿が甦りました
 経蔵の東に建つのは常燈明堂です。寄棟造・本瓦葺で、享保17年(1732)に経蔵と同じく、唐津屋の寄進により建立されました。外部は漆喰で塗り固めた大壁、内部は五・五寸の柱を見せた真壁、大きさは桁行二十尺、梁間十三・一五尺で、南北二室に別れています。南間は背面に仏壇を構え、かつて観音様を祀ったことから、観音堂とも称していたようです。北間には畳を敷き、東面中央間に窓があります。土蔵造でありながら、参籠を考慮して畳を敷いて窓を設けたと推測されます。この堂は灯明を守り、参籠するための堂で、他の寺院では殆ど例を見ないものです。
 鐘楼は、桁行一間・梁間一間、入母屋造・本瓦葺で、安永6年(1777)に再建されています。山門の北隣にあって、成一尺の石を五段積み重ねた、十六尺四方の基壇の上に建っています。軒は二軒・扇垂木で、入母屋の妻は小さく、軒反が強いのが特徴です。また、中備えの蟇股の中にはそれぞれ異なる彫刻が施されています。寛永21年(1644)の大鐘が吊り下がっていましたが、戦争により供出されたことが惜しまれます。なお、現梵鐘は昭和24年(1949)のものです。
上町通に面して建つ山門は、切妻造・本瓦葺で、彫刻の絵様から19世紀後期に再建されたと考えられる四脚門です。軒は二軒・繁垂木で、傍軒の出が非常に大きく、堂々とした風格があります。
また、菊、牡丹、波に鳥、蓮などの浮彫りや、獅子に牡丹、獏などの木鼻など、豊富な彫刻が随所に見られます。安政7年(1860)造の、松野屋寄進の石橋を介して上町通と繋がっています。
平成19年(2007)に保存修理工事を行いました。
 本堂の背後には、寺族の居所や座敷からなる庫裏があります。庫裏は、当初平屋でしたが、昭和3年(1927)に二階を増築しています。それと同時に、当時の玄関・台所廻りは解体されてしまいましたが、書院まわりは江戸時代に遡るもので、諸堂とともに伝統的建造物に特定されています。
 庭園は庫裏の北側に広がっています。造園の年代等ははっきりしませんが、樹齢三百年を超える大木が繁り、四季折々の姿を見せてくれます。
 日田愛児園は、大正12年(1923)長福寺境内に開設された幼稚園です。境内にのこる愛児園の旧園舎は、昭和18年(1943)上町通に面して建てられました。その二階建て木造建築は、老朽化が進んでいますが、境内で遊んだ記憶を懐かしんで訪れる卒園生は、今もなお絶えることがありません。浄土真宗の教えを創立精神に掲げた日田愛児園の歴史は、現在月隈幼稚園に受け継がれ、境内の東に園舎を構えて、幼児教育に専心しています。
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照雲山 長福寺
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